2023年も再生医療業界では様々な動きがありました。7つのトピックを中心に2023年の再生医療を振り返ります。
【1】Muse細胞開発の中止
2023年に最も話題となったニュースと言えば、Muse細胞の開発中止ではないでしょうか。Muse細胞は間葉系幹細胞(MSC)と同じく生体中に存在しかつ多分化能を有することから、ES細胞,iPS細胞に続く「第3の多能性幹細胞」として期待が寄せられ、心筋梗塞や脳梗塞を始め7つの臨床試験が行われていました。(参照:日経バイオテク『Muse細胞とは』)
しかしながら、2023年2月14日に三菱ケミカルより収益までに時間がかかることなどを理由にMuse細胞を用いた再生医療等製品の開発を中止するとの発表がありました。Muse細胞の開発を担っていたグループ子会社の生命科学インスティテュートは実質的に事業を停止しており、Muse細胞に関するライセンスは発見者である東北大・出澤教授側に返還され、出澤教授らにより引き続き開発が進められるとのことです。脳梗塞を対象とした探索的治験においては安全性および有効性が確認されており、今後の開発により実用化されることを期待しています。
そのほかの主なライセンス契約終了
4月 | 膝軟骨再生細胞治療製品「gMSC®1」 | ツーセル/中外製薬 |
12月 | CAR-T製品「NIB102」「NIB103」 | ノイルイミューン・バイオテック/武田薬品工業 |
【2】再生医療等製品3品目の承認
2023年には3月にジャスミン(ジャパン・ティッシュエンジニアリング)、ビズノバ(オーリオンバイオテック・ジャパン)、6月にルクスターナ(ノバルティス)の計3品目が新たに再生医療等製品として承認されました。
ジャスミンは白斑治療に用いるメラノサイト含有ヒト(自己)表皮由来細胞シート製品です。J-TEC社としては5品目めの再生医療等製品の承認となります。
ビズノバは水疱性角膜症の治療に用いる培養ヒト角膜内皮細胞製品です。元々は京都府立大学で開発が進められていましたが、米Aurion Biotech, Inc.に導出され、逆輸入のような形で日本で承認が取得されました。
ルクスターナは遺伝性網膜ジストロフィーに対する遺伝子治療製品です。4960万円とゾルゲンスマ (約1億6700万円)に続く高額な薬価が付けられました(治療あたりとしては両眼で9920万円となります)
【3】条件及び期限付き承認の2品目が本承認申請へ
これまでに条件及び期限付き承認としてハートシート(テルモ)、ステミラック(ニプロ)、コラテジェン(アンジェス) 、デリタクト(第一三共) の4品目の再生医療等製品が承認を取得しています。このうち5月にコラテジェン、9月にハートシートがそれぞれ本承認申請を行いました。
導入時には批判的な意見も多く見られた本制度ですが、どのように審査されるか引き続き注目されます。
なおステミラックは2025年12月、デリタクトは2028年6月が期限となっています。
【4】再生医療ベンチャー3社が株式上場
2023年にはクオリプス株式会社、ノイルイミューン・バイオテック株式会社、株式会社ケイファーマがIPOを達成しました。
(参照)
日経バイオテク『クオリプスが上場、初日の時価総額は99億円』
日経バイオテク『ノイルイミューンが東証グロースに上場、初日の時価総額は約309億円』
日経バイオテク『ケイファーマが東証グロースに上場、初日の時価総額は約109億円』
クオリプス社はiPS細胞由来心筋シートの開発を行う企業です。2020年より虚血性心疾患を対象とする医師主導治験が進行しており、2024年に申請を計画しています。
ノイルイミューン社は独自のPRIME技術により固形がんに対するCAR-T細胞療法の開発を行っています。12月には武田薬品工業とのライセンス契約が解消されましたが、固形がんに対するCAR-T細胞療法への期待は高く、引き続きの開発が注目されます。
ケイファーマ社は慶應大発のベンチャーであり、iPS細胞を用いた脊髄損傷や脳梗塞といった神経領域の再生医療開発や、遺伝性疾患の患者の方より作製した疾患特異的iPS細胞を用いたドラッグ・リポジショニングなどを行っています。
【5】幹細胞培養上清/エクソソーム治療の安全性に対する警鐘
最近、クリニック等で自由診療として幹細胞培養上清やエクソソームの投与を行っているのをよく目にします。細胞を含まないため再生医療等安全性確保法の対象外であり、治療計画の届出が不要なことから細胞治療に比べてハードルが低いことから実施するクリニックが増えています。一般社団法人再生医療安全推進機構による調査では、2023年11月の時点で国内の669施設で提供が行われており、そのうち168施設については厚生労働省の再生医療等提供機関一覧に記載のない施設とのことです。
それらの幹細胞培養上清/エクソソーム治療について、10月に再生医療抗加齢学会、日本再生医療学会よりそれぞれ安全性に関する提言が発表されています。特に再生医療抗加齢学会の提言では投与を受けた患者の方の死亡例についての言及があり、その詳細については不明ではあるものの自由診療の安全性に関して一石を投じることとなりました。また日本再生医療学会の提言では、エクソソーム治療の安全性の確保のために、再生医療等安全性確保法の対象とすることを求めています。
治療の提供においては患者の方の安全性は最大限守るべきものであり、幹細胞培養上清/エクソソーム治療についての今後の規制対応が注目されます。
【6】多能性幹細胞製品、承認申請へ
大阪大学を中心に進められていた重症虚血性心筋症を対象としたiPS細胞由来心筋シートの医師主導治験において、予定していた8症例の移植が完了し、安全性と有効性の確認後に2024年にも再生医療等製品としての承認申請を行う計画であることが5月に発表されました。申請されればiPS細胞製品として初の申請となります。
また10月には、国立成育医療研究センターのES細胞由来肝細胞製品の承認申請計画についてのニュースがありました。同センターでは先天性尿素サイクル異常症の新生児を対象とした医師主導治験が2019年より進められてきましたが、5症例において安全性と有効性が確認できたとして、こちらも2024年に再生医療等製品として承認申請が計画されています。
また、iPS細胞の国外の治験の話題としては、12月に住友ファーマより米国でのiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を用いたパーキンソン病治療に関する医師主導治験についてFDAによる30日調査が完了し、治験を開始する準備が整ったとの発表がありました。治験に用いるiPS細胞はCiRAで製造されたものであり、日本で発明され日本で製造されたiPS細胞製品の米国での承認に向けて期待されます。
2023年のそのほかの国内の主なES/iPS細胞の臨床試験
2月 | iPS細胞由来心筋再生治療薬 第I/II相LAPiS試験における1例目の移植成功 | Heartseed |
3月 | iPS細胞由来角膜内皮代替細胞の1例目移植実施 | 慶應義塾大学/セルージョン |
6月 | iPS細胞由来網膜⾊素上⽪細胞のフェーズ1/2試験の開始 | ヘリオス/住友ファーマ |
【7】一般向けに再生医療についてYoutubeで発信
再生医療業界団体の再生医療イノベーションフォーラム(FIRM)が、一般の方向けに再生医療について広く理解を深めてもらうことを目的に3月よりYoutubeのチャンネルを開設しました。「ファーミン」と「ケロロン」というマスコットキャラクターとともに再生医療について学べる内容となっています。
再生医療は新しい治療であることから一般の方からするとやや難しい印象があるかもしれませんので、患者の方やその関係者の方、そして小中高生にも興味を持ってもらうことで今後の再生医療の普及へつながることを期待します。