2024年も再生医療業界では様々な動きがありました。
7つの大きなトピックを中心に2024年の再生医療を振り返ります。
【1】ハートシート,コラテジェン、正式承認に至らず
2024年の最も大きな話題は、再生医療等製品の条件及び期限付き承認についてではないでしょうか。
条件及び期限付き承認を取得していたハートシート(テルモ) とコラテジェン(アンジェス/田辺三菱)が期限を迎え、両製品とも正式承認申請を行ったものの、6月にはコラテジェンが申請を取り下げ、7月にはハートシートの承認が否決され、2製品とも正式承認を取得できず販売中止となりました。
いずれも、承認の条件とされていた市販後調査においての有効性を示すことができなかったことが理由となっています。
(参考記事:再生医療等製品の条件及び期限付承認制度を考える)
この2製品のほかに、ステミラック(ニプロ)、デリタクト(第一三共)、アクーゴ(サンバイオ)が条件及び期限付き承認を取得しており、ステミラックは2025年末に期限を迎えます。
今後の日本の再生医療の承認申請の方針を占う意味でも、これらの製品の動向が注目されます。
【2】再生医療等製品アクーゴ、条件及び期限付き承認を取得するも出荷に条件
2024年のもうひとつの大きな話題は、アクーゴ®脳内移植用注(以下、アクーゴ)の承認に関する一連の流れです。
アクーゴはサンバイオ社が外傷性脳損傷を対象に開発を進めていた他家骨髄由来加工間葉系幹細胞製品(開発コード:SB623)です。2022年3月に承認申請を行いましたが、その審査の中で収量に関しての指摘(申請時点と比較して収量が減少)を受けていました。
その後収量についての課題は解決したとして、当初2024年3月の薬事食品衛生審議会 再生医療等製品・生物由来技術部会で承認の可否について審議されると見られていましたが、同部会では治験製品と申請された製品との同等性/同質性が判断できないとして追加データを要求されるという異例の結果となりました。
同社はこれに対応し、6月にようやく条件及び期限付き承認として承認を取得することができましたが、その出荷条件として治験製品との同等性/同質性が確認できることとされており、引き続きの製造データ提出が求められています。
その対応として同社では2回程度の製造を実施し同等性/同質性を確認するとしていましたが、1回目の製造では製品規格を満たさなかったとの発表があり、製品出荷の承認に向け引き続き製造データの取得が進められています。
2024年に承認された再生医療等製品はアクーゴのみでした。
【3】「細胞製造」の重要性が注目される
再生医療ではiPS細胞から目的の細胞を分化誘導したり、細胞シートなどの構造体を作製するなど特殊な技術を必要とすることが多く、またそれらの技術はアカデミアでの研究が基となっていることもあって、これまでは再生医療の開発では基礎研究に注目が集まっていました。
しかしながら、近年、医薬品としての観点から一定の品質の細胞を安定してつくることの難しさが認識され、細胞の「製造」の重要性が注目されています。特に2024年は製造を担う細胞医薬・遺伝子治療製品のCDMO(医薬品開発製造受託機関)についての話題が多く見られました。
2月に経済産業省から示された「バイオ政策の現状と今後の方向性について」(令和6年2月22日)においては、国内CDMOの育成や創薬ベンチャーとのマッチングが課題として述べられています。
これに対し国内の各企業もCDMO事業に力を入れており、帝人がCAR-T細胞製品などの製造を行う製造拠点(千葉県柏市)を稼働、住友ファーマは最大1万人分の製造が可能なiPS細胞製造の新工場を建設することを発表し、またニコン・セル・イノベーションは2030年をめどに人員を現在の3倍規模に増やすことを計画しています。
一方で9月には、レゾナック社(旧昭和電工)が子会社である国内大手細胞医薬CDMOのMinaris Regenerative Medicine社(以下、Minaris社)を米ファンドのAltaris社に譲渡することを発表しました。これによりレゾナック社は再生医療事業から撤退することになります。
Minars社日本、米国、ドイツに拠点を持っており、譲渡後も引き続き各地域でCDMO事業を行います。
日本では前述のアクーゴの製造を手掛けています。
【4】Heartseed社、コージンバイオ社が株式上場
2024年、再生医療に関連する企業ではHeartseed株式会社とコージンバイオ株式会社が株式上場を達成しました。
近年バイオベンチャーの株価は全体的に低迷しており、新規株式公開(IPO)時の時価総額が100億円前後しかつかない、いわゆる「百均問題」が問題視されていますが、そのような中Heartseed社のIPO時の時価総額は約350億円と、高い評価を受けています。
(参照)
日経バイオテク『Heartseedが東証グロース市場に上場、22億円調達しiPS細胞由来心筋球の治験を推進』
日経バイオテク『コージンバイオが東証グロースに上場、CHO細胞など培養用の粉末培地供給体制を拡充』
Heartseed社は、重症心不全を対象にiPS細胞由来心筋球を用いた治療法の開発を行う慶應大発のベンチャー企業です。2024年12月現在、第I/II相治験が進められています。
コージンバイオ社は細胞培養用の培養液や微生物検査用の培地の開発・製造・販売を行う企業です。近年は再生医療関連に力を入れており、再生医療の細胞製造用の培地の製造、販売や、細胞加工受託事業を行っています。
【5】自由診療で重大な感染症の事故発生
以前より一部のクリニック等で提供される再生医療の安全性や有効性について疑問の声が挙がっていましたが、10月に「医療法人輝鳳会 THE K CLINIC」(東京都中央区)でがん予防を目的とした自家NK細胞療法を受けた2名の患者が重大な感染症(敗血症)を発症し集中治療室に入院するという事故が起こりました。
事故後の検証では、投与された細胞加工物から当該感染症の原因と考えられる微生物が検出されたことから、細胞加工の工程中に菌が混入したものと見られています。
同クリニックおよび加工を行った「池袋クリニック培養センター」には厚労省より改善命令が出されています。
再生医療の自由診療について規制する法律である「再生医療等安全性確保法」では、医療機関内に設置される細胞加工施設については当局の審査を受ける必要はなく届出のみでよいとされています。再生医療の提供に際しては厚労省が認定した「認定再生医療等委員会」が加工施設の状況も含めて審査を行いますが、一部の委員会では審査が形骸化しているなどの懸念もあります。
これらの問題に対して、2024年6月14日に公布された再生医療等安全性確保法の一部を改正する法律では、審査の公正な実施の確保のために必要に応じて当局が認定再生医療等委員会に立入検査を行えるように改正されています。(参考:「再生医療等安全性確保法改正について」)
【6】iPS細胞由来開発製品の臨床試験状況
iPS細胞由来製品について、いくつかの開発製品について動きがありました。
クオリプス社が開発を進めている虚血性心疾患を対象とするiPS細胞由来心筋シートについては、医師主導治験が完了し、当初は6月に承認申請を行うことが計画されていました。その後、臨床データを見直し、当初申請用データとして予定していた移植26週目までのデータのみでなく、より改善効果が見られた52週目までのデータを追加することとして計画変更が行われています。承認申請は2024年11月から2025年にかけて段階的に提出する予定となっており、12月2日に臨床パートの申請資料が提出されています。
住友ファーマ社は、iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞、およびiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の開発を国内および米国で進めています。
パーキンソン病を対象とするiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の開発については、国内の治験が完了し、当初2024年度中に申請を行う計画でしたが、2025年度以降の申請と計画変更されています。一方で米国においてはFDAにIND申請(日本の治験計画届に相当)およびFDAによる調査が完了し、治験開始の準備が整ったことが発表されています。
網膜色素変性を対象とするiPS細胞由来網膜色素上皮細胞の開発については、8月に国内1例目の移植が実施されています。米国においてはIND申請およびFDA調査が完了し、治験開始の準備が整ったことが11月に発表されています。
また神戸アイセンターは網膜色素上皮不全症を対象にiPS細胞由来網膜色素上皮細胞をひも状にして移植する臨床研究を申請し、厚労省から大筋で承認を得ています。
こちらは薬事承認ではなく、先進医療としての申請を計画しており、2025年1月にも先進医療としての申請を予定しています。
2024年の国内の主なiPS細胞由来開発製品の臨床試験や承認申請の状況
3月 | 米国でiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の治験開始 (参照) | 住友ファーマ |
6月 | iPS細胞由来心筋シート、2024年内に承認申請 (参照) | クオリプス |
8月 | iPS細胞由来網膜色素上皮細胞の1例目移植実施 (参照) | 住友ファーマ/ヘリオス |
9月 | iPS由来膵島細胞シート移植に関する医師主導治験 治験計画届提出 (参照) | 京都大学/オリヅルセラピューティクス |
10月 | iPS細胞由来角膜シート 臨床研究の評価結果発表 (参照) | 大阪大学 |
10月 | iPS細胞由来心筋球 1例目投与に関する安全性評価委員会によるレビュー完了 (参照) | Heartseed |
10月 | iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞製品の承認申請は2025年度以降に計画変更 (参照) | 住友ファーマ |
11月 | 米国でiPS細胞由来網膜シートの第I/II相治験開始 (参照) | 住友ファーマ |
12月 | iPS細胞由来網膜色素上皮細胞、臨床研究を大筋承認 (参照) | 神戸アイセンター病院 |
【7】再生医療拠点 Nakanoshima Qross (中之島クロス) 開業
再生医療の新しい拠点となるNakanoshima Qross (中之島クロス)が、6月に大阪市北区中之島にオープンしました。
同施設には医療機関、再生医療などの開発を行う企業、支援機関等が入居し、未来医療の産業化に向けた活動を行います。
活動の例としては、同施設を拠点として「細胞大量製造バリューチェーン開発コンソーシアム」を発足し、細大量培養システムにに係る技術、ノウハウ、知見を呼び込み、そのバリューチェーン構築を促進するオープンイノベーションが進められています。