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幹細胞培養上清・エクソソーム治療の安全性を考える

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近年、幹細胞培養上清・エクソソーム治療について目にすることが多く、一部のクリニックでは細胞を使わない再生医療としてこれらの幹細胞培養上清やエクソソームを投与が自由診療として行われていることもあります。

例えば間葉系幹細胞による組織修復効果は、間葉系幹細胞そのものではなくが分泌する因子による働きが大きく、従ってそのような因子が含まれる細胞培養上清やエクソソームの投与によって効果が得られる可能性は十分に考えられます。一方で、2023年11月現在、幹細胞培養上清/エクソソーム治療についての規制は整備されておらず、自由診療として行われることでの安全性について危惧されており、実際に国内外で有害事象の事例も見られています。

そこで、改めて再生医療の自由診療における安全性と規制の関係、そして幹細胞培養上清/エクソソーム治療の問題点について考えます。

 

幹細胞培養上清・エクソソーム治療とは】

細胞はその活動において、老廃物や種々の因子など様々な物質を細胞外に分泌・放出しています。例えば組織が損傷した際に細胞の増殖を促す因子を分泌するなど、それらの因子の分泌・放出が生体を恒常的に保つために重要な役割を果たしています。

中でも、間葉系幹細胞(MSC)は組織修復、免疫調節、細胞恒常性などに関わる多様な因子を分泌・放出することが知られており、MSCを用いた細胞治療の作用機序の本質はこれらの因子によるものであると考えられています(Han et al., Signal Transduction and Targeted Therapy ( 2022) 7:92)。
このような働きから、MSCの呼称としてはMedicinal Signaling Cellsが相応しいとの主張もあります(Caplan et al., Stem Cells Transl Med (2017) 6:1445)。

このように細胞が分泌・放出する因子の中で、近年注目が高まっているのがエクソソームです。エクソソームは細胞から分泌される小胞の総称です。細胞と同じく脂質二重膜に包まれており、内部にmRNA, miRNA, タンパク質といった種々の物質を含んでいます。細胞から分泌される小胞の総称としては細胞外小胞(EV)と呼ぶ方がより正確ですが、本記事内では”エクソソーム”と称することとします。

エクソソームの存在は1980年代には知られていましたが、当初は細胞内の老廃物を廃棄している現象と考えられていました。その後、エクソソーム内にmiRNAなどが含まれており細胞間でエクソソームを介した情報伝達が行われていることが発見されたことから、治療への応用の可能性が注目され始めました。

これらの分泌因子は生体内のみでなく生体外での培養細胞からも分泌・放出されるため、間葉系幹細胞などを培養した際の培養上清を回収し、精製後、もしくは直接利用する幹細胞培養上清・エクソソーム治療が近年注目され、クリニックを中心に行われています。

幹細胞培養上清・エクソソーム治療の問題点

細胞治療などの再生医療を提供する際には、自由診療としてであっても医師の判断のみでは行うことはできず、再生医療に関わる規制に従って実施する必要があります。ただし、細胞培養上清やエクソソームは現行の規制の対象外であり、医師のみの判断で行えるため、十分な安全性が確保されない状態で実施される危険性が危惧されます。

 

【再生医療にかかわる規制】

上記の通り、再生医療の提供にあたっては自由診療としてであっても医師の判断のみで行うことはできず、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」に準じて実施する必要があります。

制定の経緯

「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」が制定される以前から、一部のクリニックなどでは自由診療として自己の脂肪幹細胞投与などが行われていました。その中で法律制定の大きな契機の1つとなったのが京都ベテスダ・クリニック事件です。

京都ベテスダ・クリニックは韓国のバイオ関連企業であるRNLバイオ社の協力病院として京都に開院され、リウマチ、脳梗塞、パーキンソン病といった難治疾患の治療を謳った自己脂肪幹細胞移植を行っていました。
2010年9月に京都ベテスダ・クリニックで細胞投与を受けた患者が死亡するという事故が起きました。患者は73歳の韓国人男性で、当時韓国では規制により禁止されていた幹細胞投与を受けるために医療ツーリズムで来日し、京都ベテスダ・クリニックにて脂肪幹細胞の点滴投与を受けました。しかしながら、投与を受けた後に心停止状態となりその後死亡しました。京都府警による司法解剖の結果、死因は血栓が肺動脈に詰まった肺塞栓であることが明らかとなりましたが、幹細胞投与との因果関係は不明として遺族と示談となりました。
幹細胞投与との因果関係は不明とされながらも、同クリニックでは応急処置のための設備が備えられておらず、また治療についての患者への説明も十分になされておらず、医師の指示なくスタッフが点滴をするといったことが日常的に行われており、過去には他人の幹細胞との取り違えもあったなど、ずさんな管理下で治療が行われたことが問題視されました。

京都ベテスダ・クリニック事件の概要(出典:厚生労働省『規制・制度改革委員会「集中討議」再生・細胞医療の現状及び課題』(2012年11月29日))

 

再生医療等の安全性の確保等に関する法律の概要

このような背景から、再生医療を安全に提供するために2014年11月に施行されたのが「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」(「再生医療等安全性確保法」もしくは「安確法」)です。
この法律では再生医療(臓器移植、造血幹細胞移植、生殖補助医療を除く)をリスクに応じて3つに分類し、再生医療を実施する際には提供計画それぞれ定められた委員会で審査・承認を受け、厚労省へ届出を行うことが義務付けられています。
また医療に用いる細胞加工物は、厚生労働大臣に届出を行っている医療機関内に設置された細胞培養加工施設、もしくは厚生労働大臣の許可(特定細胞加工物製造業許可)を受けた細胞培養加工施設において培養・加工することが定められています。

リスクに応じた再生医療等安全性確保法の手続き(出典:「再生医療等の安全性の確保等に関する法律について」)
再生医療等安全性確保法の手続き等のイメージ(出典:「再生医療等の安全性の確保等に関する法律について」)

 

しかしながら、再生医療等安全性確保法の施行後も無許可で再生医療を行う事例が見られ、2017年8月には他家の臍帯血を利用した治療を無届けで行ったとして再生医療等安全性確保法違反の疑いで医師ら6人が逮捕、2020年1月には自己脂肪幹細胞の投与を無届出で行ったとして大阪医科大の講師が書類送検されています。

 

【幹細胞培養上清・エクソソーム治療の安全性に関わる事例】

再生医療等安全性確保法の対象は細胞もしくは多血小板血漿(PRP)であり、上述の通り細胞培養上清やそこから濃縮・抽出したエクソソームは対象とはなっていません。そのため実施に際して審査や届出が必要なく、また治療に用いる細胞培養上清やエクソソームの製造施設についても制限がないため、再生医療等安全性確保法の制定以前のように安全性に問題が残る状態で行われる危険性があります。

この問題に対して、日本再生医療学会は「再生医療等のリスク分類・法の適用除外範囲の見直しに関する提言」として、エクソソーム(広義には培養上清も含む)を再生医療等安全性確保法の対象とすることを提言しています。

さらに、2023年10月に再生医療抗加齢学会から「幹細胞培養上清液に関する死亡事例の発生について」と題して、幹細胞培養上清液およびエクソソームの投与についての注意喚起が発出されています。死亡事例についての詳細については示されておらず、また日経バイオテクによる厚生労働省関係者、日本再生医療学会、自由診療でエクソソームの投与を手掛ける医師などへの取材の結果では死亡事例の確認はできていないことから(参照:『エクソソームの投与後に死亡」の噂を追う』日経バイオテク2023年11月15日付)、現段階では死亡事例の詳細については不明であり、今後の調査が待たれます。

またアメリカではネブラスカ州で自由診療としてエクソソームの投与を受けた複数の患者が感染症を発症し、FDAがエクソソーム投与について警告を発しています。適切に管理をされていない施設で製造を行ったことによる菌の混入が原因であると考えられ、再生医療等安全性確保法で定められているような製造施設の許可制度の必要性が覗えます。

 

幹細胞培養上清・エクソソーム治療の今後

細胞分泌因子やエクソソームは生体を正常に保つために重要であり、それらが含まれる細胞培養上清やエクソソームが治療効果を発揮することは十分考えられ、また細胞治療と比較して低コスト化も見込めるため、治療として有望であると考えられます。しかしながら現段階では治療効果の実証には至っておらず、また細胞培養上清やエクソソーム中の成分の同定も難しいことから、予期せぬ副作用が起こる可能性も否定できません。今後、細胞培養上清、エクソソーム治療による事故が続発するようであれば、将来的に実用化されたとしても社会的に受け入れられないことが危惧されます。

治療を受ける患者の安全のためにも、また再生医療の発展のためにも、一刻も早い適切な治療提供を行うための規制の制定が望まれます。

 

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