
2025年も再生医療業界では様々な動きがありました。
6つのトピックを中心に2024年の再生医療を振り返ります。
【1】制御性T細胞の発見により、坂口志文氏がノーベル生理学・医学賞受賞
2025年の再生医療関連で最も明るい話題は坂口志文氏のノーベル生理学・医学賞の受賞でしょう。
2025年のノーベル生理学・医学賞は「抹消免疫寛容に関する発見」の功績により、坂口志文氏 (現 大阪大学 特任教授)、Mary E. Brunkow氏 (現 米システムバイオロジー研究所 シニアプログラムマネジャー)、Fred Ramsdell氏 (現 米ソノマ・バイオセセラピューティクス社科学諮問委員会議長)の3氏が受賞しました。
坂口氏は1995年に体内で免疫反応を抑える働きをする「制御性T細胞 (regulatory T cell; Treg)」を発見しました。一方でBrunkow氏とRamsdell氏は2001年にFoxp3という遺伝子の変異が自己免疫疾患を引き起こすことを発見しました。さらに坂口氏の研究グループはこのFoxp3遺伝子がTregを制御していることを突き止め、未成熟なT細胞でFoxp3遺伝子を活性化させるとTregに変化することを発見しています。
坂口氏はTregを用いた自己免疫疾患の治療法の実用化を目指して2016年にレグセル株式会社を設立しています。現在、同社は経営者が外国の方に変わり拠点を米国に移っていますが、坂口氏は引き続き取締役の一人として参画しています。
国内外を問わず再生医療/細胞治療に関する研究でのノーベル賞受賞は、2012年の山中伸弥氏のiPS細胞発見によるノーベル生理学・医学賞受賞 以来です。次に可能性があるとすればCAR-T細胞による治療法の確立でしょうか?
【2】再生医療等製品2品目が承認
2025年には5月にエレビジス(中外製薬)、7月にバイジュベックゲル(クリスタルバイオテック)(の2品目が新たに再生医療等製品として承認されました。
エレビジスはデュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療に用いる遺伝子製品です。その後、海外での臨床試験において急性肝不全による死亡例が2例発生したことを受け、現在安全性についての対策が進められています。また、まだ保険収載前ではあり薬価は決定していませんが、米国では320万ドル(約4億8000万円)と非常に高額な販売価格が設定されており、日本での薬価設定にも注目が集まっています。
バイジュベックゲルは栄養障害型表皮水疱症の治療に用いる遺伝子製品です。その名の通りゲル状の薬品で皮膚に塗布して使用されます。薬価は2瓶1組で295万5232円とほかの遺伝子治療製品に比べると安価ですが、週1回として継続使用する必要があり、治療総額としては約6,000万円ほどになるようです。
また、2024年6月に条件及び期限付き承認を取得したものの製造上の課題から出荷を制限されていたアクーゴ(サンバイオ)は、製造データの追加申請が承認され、2025年10月に出荷が許可されています。
【3】細胞投与の自由診療で死亡事故発生
2025年8月に、東京都中央区のTHティーエスクリニック(現 東京サイエンスクリニック)にて自由診療として自家脂肪幹細胞投与を受けた患者さんが、投与後に亡くなるという大変痛ましい事故が起こりました。これを受けて、厚生労働省から当該医療機関および細胞を加工した企業に対して、再生医療等の提供および特定細胞加工物等の製造についての一時停止等の緊急命令が発出され、また日本再生医療学会からも声明が出されています。
クリニック側からは、今回の原因はアナフィラキシーショックの疑いがあると説明されていますが、その後の調査の状況については現在のところ公開されていません。
ここ数年、再生医療の自由診療においては毎年のようにこういった事故が起こっています。日本再生医療学会でも、MSCの安全な静脈投与に関する論文を発表したり、また有効性に関しても有効性が検証できる自由診療を検証型診療として推奨するなどの対応をとっていますが、強制力はないため効果は限定的にならざるを得ません。医療機関はもちろんのこと、細胞加工施設や認定委員会を含め、安全で適切な治療を提供できるように規制を見直す必要性を感じます。
【4】相次ぐ大型契約の解除や大手製薬企業での開発中止が相次ぐ
2021年に総額約655億円(当時のレート)の超大型契約として話題となったHeartseed社とデンマークのノボノルディスク社とのiPS細胞由来心筋球の開発について提携が、2025年9月にノボノルディスク社からの通知により解消となりました。
ただし開発において何らかの問題が生じたわけではなく、糖尿病や肥満薬といった事業へ集中するためのノボノルディスク社の戦略上の理由によるとされています。この提携解消によりHeartseed社の開発が止まるというものでもなく、国内での開発は引き続き同社主導で、海外開発については自社、もしくは新たな提携により進めるとのことです。
国内の大手製薬企業においては、武田薬品工業社が10月に細胞療法に関しては自社での取り組みを中止することを決定し、同社内で進めていたγσT細胞療法の開発も中止となりました。また同社は再生医療等製品のアロフィセルを有していますが、EUにおいては販売承認を自主的に取り下げる方向で当局と協議を進めており、日本での動向が注目されます。
再生医療はほかの医薬品と比べて収益性が低いことがしばしば指摘されますが、今回の決定もそれが原因でしょうか。
ほかには1月にはアステラス製薬社がリンパ腫を対象としたCAR-T細胞の開発を中止することを発表しています。ただしこちらは再生医療の開発自体を中止するわけではなく、眼科領域での細胞治療や固形がんに対するCAR-T細胞の開発、また安川電機と共同で細胞製造に関する合弁会社を設立するなど、引き続き再生医療領域の開発を行うようです。
【5】Muse細胞の権利が海外企業へ譲渡
2023年に三菱ケミカルが開発の中止を発表しその後の動向が注目されていたMuse細胞ですが、2025年2月に英資本のシンガポール企業へとその権利が譲渡されました。
Muse細胞は東北大学の出澤真理教授らが発見した細胞であり、体内に存在する万能細胞として治療への開発が期待されていました。三菱ケミカルでの開発中止決定後、出澤教授らは国内製薬企業を中心に提携先を模索したものの見つからず、苦渋の決断となったようです。譲渡先であるMuseCell Innovations® PTE LTD. のScientific Advisory Boardには出澤教授の名前があり、引き続きMuse細胞の開発に関わるものと思われます。
日本で発見され期待されていた細胞が海外へ渡ることは大変残念ではありますが、海外dの開発が順調に進み、日本でもその治療が受けることができる日が来ることを待ち望みます。
【6】iPS細胞由来開発製品の開発状況
最後にiPS細胞由来製品の2025年の開発動向です。
2024年から承認申請の準備が進められていたクオリプス社のiPS細胞由来心筋シートが、4月にiPS由来細胞製品として世界で初めて承認申請を完了しました。早ければ2026年前半にも審査結果が分かる見込みです。続いて8月には住友ファーマ社がパーキンソン病を対象とするiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の承認申請を行いました。同社は米国でも開発を進めており、2025年6月に米国での1例目の投与が行われています。
国内では3件の新たな臨床試験が開始されました。
京都大学ではI型糖尿病患者へのiPS細胞由来膵島細胞シート移植の1例目の移植が4月に行われました。その後の経過でも大きな問題は見られていないようです。計3名への移植と移植後5年間の観察が計画されています。
5月にはiHeart社が拡張型心筋症を対象に、iPS細胞由来心血管系細胞多層体移植の1例目の移植を行っています。こちらも移植後初期の経過観察では安全性の問題は見られていないとのことで、計10名への移植が計画されています。
12月には順天堂大学にて子宮がんを対象にiPS細胞由来抗原特異的キラーT細胞療法の1例目の投与が行われました。こちらも投与後の経過は順調であり、計11名への投与と投与後1難関の経過観察が計画されています。
一方で、神戸アイセンターが保険適用としての承認申請ではなく先進医療として申請を行っていた網膜色素上皮不全症を対象とするiPS細胞由来網膜色素上皮細胞凝集紐移植は、審査途中では大筋承認と報じられていましたが、最終的には差し戻しとなりました。評価項目の設定が不十分であることが主な理由であり、神戸アイセンターは計画を改善した上で改めて申請する意向のようです。
2025年の国内の主なiPS細胞由来開発製品の臨床試験や承認申請の状況
| 1月 | 水疱性角膜症を対象とするiPS細胞由来角膜内皮代替細胞の臨床研究での安全性と臨床的改善を確認 (参照) | 慶應義塾大学/藤田医科大学 |
| 3月 | 脊髄損傷を対象とするiPS細胞由来神経前駆細胞移植の臨床研究で安全性と症状の改善を確認 (参照) | 慶應義塾大学 |
| 4月 | 虚血性重症心不全を対象とするiPS細胞由来心筋シートの承認申請完了 (参照) | クオリプス |
| 4月 | I型糖尿病を対象とするiPS細胞由来膵島細胞シート移植医師主導治験、1例目移植実施 (参照) | 京都大学/オリヅルセラピューティクス |
| 5月 | 拡張型心筋症を対象とするiPS細胞由来心血管系細胞多層体移植の治験、1例目移植実施 (参照) | iHeart Japan |
| 8月 | パーキンソン病を対象とするiPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞の承認申請完了 (参照) | 住友ファーマ |
| 8月 | 網膜色素上皮不全症を対象とするiPS細胞由来網膜色素上皮細胞凝集紐移植、先進医療の申請が差し戻し (参照) | 神戸アイセンター |
| 12月 | 虚血性重症心不全を対象とするiPS細胞由来心筋球移植の第I/II相治験の途中経過で、改善が見られたことを報告 (参照) | Heartseed |
| 12月 | 子宮頸がんを対象とするiPS細胞由来抗原特異的キラーT細胞療法の医師主導治験 1例目投与実施 (参照) | 順天堂大学 |